妊娠中の出来事②

こんばんは

ヒカリノトビラの真珠です

今日は暑いですね(^_^;)

さて、今日は妊娠中の備忘録の続きです

時系列が適当なのは気分なので、お許しください

 

今回もまた、切迫早産(羊水過多&逆子)で2か月弱入院しました

入院したその日に、緊急帝王切開の同意書を書かされた時には

かなりチーンな状態で(^_^;)

 

それでも、ふと、

こりゃあかん

このままだと本当に帝王切開になってしまう

赤ちゃんの命が危ないとかそういうのじゃなければ

なんとか避けたいというのが本音で

 

入院したその日の夕方

その日の担当の助産師さんにかなり勇気が言ったけど、聞いてみた

「あのー私、助産院で赤ちゃん産みたいんですけど、もし逆子が治って、

36週まで持てば、助産院で産ませてもらえる可能性はありますか?」

 

若い助産師さんで、

私のこの質問にかなーり困っていた(笑)

私も、この質問するのにはかなーり勇気がいった

だって、

おいおい、28週で生まれそうなんですぜ?

赤ちゃんが無事ならそれで十分じゃねーか

なにが助産院だよ!

って、私があっち側なら確実に思っている・・・・

 

でも、言葉にしないと

本当に、このまま

また、この場所で

長男のときと同じように

自分の気持ちに関係なく

ただ、生まれてきてしまう

 

長男のときは長ーい入院生活で

バースプランなんてあったもんじゃなく

ただただ、もう、このつらい入院生活から解放されたいだけで

私の気持ちは、そこになかった

その結果、長男が生まれてからの育児は

すごくつらいものになってしまったから

今回はそんなことだけは避けたくて

 

それから先も、診察に来る医師にも、助産師さんにも

「助産院で産みたい」意思を伝え続けた私

バカにした人もいたし

鼻で笑う人もいたし

説得する人もいたし

困ってしまう人もいた

 

「どんなお産になっても自分が産んで育てるんだ」っていう覚悟をもって

それでも、

助産院で産みたいという気持ちを伝え続けた

 

助産院で産みたいという気持ちは

長男のときもあったけれど

あの時はそれどころじゃなかったから、

5年越しの夢だった

 

20代のころ、、まだ主人と出逢う前

てんつくまんさんの吉村医院の記録の自主映画を見た

そのとき

「私もあんなふうに、愛されて祝福されて産まれたかった」

と感じた

 

もちろん、病院で生まれようが

帝王切開で生まれようが、

自分の気持ちがちゃんと「そこ」にあればいいんだと思う

 

わたしは、「そこ」になかった

だから後悔がすごくあって

だからこそ、二人目がどうしても欲しかったのかもしれない

 

だから、次男を助産院で産みたいという気持ちは

自分自身の生まれ直しのためだったかもしれない

 

そう

きっと

私は生まれ直したかったのだ

自分も、愛と祝福に包まれてこの世に生まれたのだと

思い出したくて。

 

今日はこの辺で。

 

 

 

 

 

 

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真珠
岐阜市で5歳の長男と0歳の次男、夫、夫の両親と6人暮らし。天使が宿る家ヒーリングスペース【ヒカリノトビラ】を運営中。 フェイスブックはこちら→https://www.facebook.com/kumiko.ichikawa.961 フォロー大歓迎★ お友達リクエストは直接お会いした方でおねがいします(#^.^#) プライベートなブログはhttp://ameblo.jp/shinsei-222こちらです